「夕涼」
『夕涼(ユウスズ)』

ペットボトル1本の飲み物と虫除けを持ってベランダへ出ると、
日中の熱を幾らか失った風が頬を撫でる。
予想していた程不快でないその感触に、マリクは軽く目を細めた。


数時間前、外出から戻ってきたリシドが、今日近所で花火大会があると教えてくれた。
「折角ですし、見に行かれてはどうですか?」とも言ってくれた。
が…


「いいのか?こんなトコで…」

マリクの背後で闇マリクの声がした。
振り返りもせずに、マリクは「いいよ、別に」と小さく答える。
確かに、折角だから近くまで見に行ってみたいという気持ちもあった。
しかしその為には、この暗くなった中人込みに行くという、
容易に想像出来る事態がある。
それを思うと、自然、気は削がれてしまう。
それに…


「お前こそいいのか?本当は、行ってみたかったんじゃないのか?」

今度は振り返って逆にマリクが問い掛ければ、闇マリクは小さく笑って答えた。

「主人格サマが行かねぇのに、オレが行けるか」

長くはないその言葉に闇マリクの様々な想いが詰まっているのを感じて、
マリクは少しはにかむ様に笑った。


建物と建物の間から、稀にその上から、打ち上げ花火がその鮮やかな姿を見せる。
近所といえど遠く小さいその姿は、時に欠けたり、時に半分も見えなかったり。
けれど時には全体を見る事も出来て、ベランダからとはいえ充分に楽しめた。


それに…
間近で花火を見る折角の機会より、
静かにふたりで過ごす事を優先させたかったから。
それを受け入れてくれたから。


ベランダに、ふたつの笑顔の花が咲いた。



夏の風物詩、花火ネタ。
でも余り花火という感じは…。
視点は表マリク。
ここにきてリシド初登場…名前だけだけど(苦笑)。